08 - 多治見町歩き 市之倉町
多治見の小さな陶器の町(パート1)
今回も多治見町歩きにようこそ!
市之倉町は焼物好きな人にはうってつけの場所です。ここには市之倉さかづき美術館があり、隣接する幸兵衛窯の展示室では幸兵衛窯の作品や古い時代のペルシャ陶器のコレクションなどを見ることができます。その辺りについては次回の記事で歩いていきますが、今回はこの市之倉町の地図がある美術館の前から町歩きをスタートします。歴史ある窯がたくさんあり、今も活躍する有名な陶芸家もたくさんいます。美術館の隣にある施設では作陶体験もできますよ。
今回のウォーキングコースのスタート地点にある地図を見れば、市之倉町が焼物の町であることは一目瞭然でしょう!見やすいように各マークの説明表も大きく載せておきました。町のあちこちに窯や窯跡、窯元の煙突が示されています。
人々はその土地の個性がある
この町歩きでは陶器にまつわる場所を歩いていきますが、その中でもちろん陶器そのものも興味深いのですが、僕はモノだけでなくその作り手にも興味があります。どんな人が作っているか知ることで、モノはより魅力的に生き生きと見えてきます。例えば市之倉町の安藤日出武氏は個性豊かな人物ですが、多治見にいる多くの陶芸家もそうなのです。因みに彼は岐阜県重要無形文化財保持者、多治見市無形文化財保持者に認定されています。
独り立ちした職人はその人の特性がとりわけ育っていくのでしょうね。そういうユニークなキャラクターを楽しむのも僕の多治見での楽しみの一つです。安藤氏は強い東濃弁を使い、話の内容も面白い方です。日本では黄瀬戸の焼物で知られる巨匠ですが、ギャラリーにお邪魔したときに僕が特に気に入った作品はこちらです。
多治見はその昔、美濃の国と呼ばれていた地域に属し、その頃から続いている焼物でも有名です。安藤氏は美濃焼について以前の取材でこのように話しました。「美濃焼の素晴らしさは自然との関わり、毎回違う窯の火と焼き上がりの独特さで、そしてもちろん先達たちからの学びはたくさんあります。でも決して真似をしてはいけません!例えば彼らは私たちのように情報がたくさん手に入る時代に苦労して作り上げてきたのです。私たちに必要なのは独自の方法、表現方法で陶芸をさらに進化させることなのです。それが私の道なのです。美濃焼を作りたい海外の陶芸家の皆さんにもそのようにアドバイスしているのですよ。」
ここには安藤氏のような陶芸家が他にもたくさんいて、陶芸の世界では広く名が知られている人もいます。
陶器の町の楽しい散歩
酒や焼酎を入れる徳利に適した希少な土で栄えた高田、茶碗を作る窯が多かった笠原、そして酒器や小皿を作る家族経営の小さな窯が多かった市之倉と、多治見周辺の村がジャンル別に分かれていたことを考えると、とても興味深いですね。このような歴史から市之倉町にある美術館も「さかづき」美術館と名付けられました。この辺りには現在も多くの窯元があり、また有名な陶芸家もいますので、焼物好きなかたは飽きることがない町でしょう。この記事ではそんな方たちのために、ウォーキングコースをご紹介します。
ウォーキングの始点で終点になる場所
市之倉のバス停で下車し、そのまままっすぐ進んで橋を渡った左手にさかづき美術館と、この周辺の地図の看板があります。美術館の敷地内には窯焼きピザのお店もありますので、ウォーキングの帰りに寄ってみてはいかがでしょう!
いつものようにガイドのためのウォーキングマップを作りました。今回は道中たくさんのポイントがあったので、作成にかなり時間がかかってしまいました。
ウォーキングマップで道を確認する
僕たちは川の付近を歩きはじめ、この記事のトップに使った町を見渡せるパノラマ写真を撮影した高台の方まで歩いていきました。
左上のアイコンをクリックすると、このウォーキングのリストが表示されます。
僕たちは川の付近を歩きはじめ、この記事のトップに使った町を見渡せるパノラマ写真を撮影した高台の方まで歩いていきました。
左上のアイコンをクリックすると、このウォーキングのリストが表示されます。
市之倉町のバス停
ウォーキング中にあるギャラリーやショップ
陶天井
八幡神社の敷地内にある小さな建物の天井は一面に陶板が張られており、一見の価値があります。この焼物の珍しい設えをお見逃しなく!上の動画ではその様子を少し見ることができますよ。
八幡神社
ここには、陶板が一面に張られた天井があります。
高台からの市之倉町の眺め
陶祖碑
以前の記事でこの地方に祀られている神秘的な歴史上に存在した陶祖についてご紹介しました。陶祖として祀られる実在の人物は、その町ごとに違います。今回のウォーキングルートの終点にある神社(豊広稲荷)では江戸時代初期に市之倉で土器を焼いた加藤左衛門常政公を陶祖と呼び、その業績を讃え、毎年市之倉陶祖祭のときに陶祖碑の前で祝詞をあげています。
古くから美濃と呼ばれた多治見は、良質の粘土と焼き物の産地として有名な地域です。日本は神道と仏教の国ですが、多治見に昔から住む人々にとって、陶祖はより身近な存在としてとらえられてているのではないでしょうか。これはかつて実在していたと信じられている人物の霊を神様として祀る神道の考え方を思い起こさせます。
ウォーキングの最後にある陶祖碑をじっくりとご覧ください。
古くから美濃と呼ばれた多治見は、良質の粘土と焼き物の産地として有名な地域です。日本は神道と仏教の国ですが、多治見に昔から住む人々にとって、陶祖はより身近な存在としてとらえられてているのではないでしょうか。これはかつて実在していたと信じられている人物の霊を神様として祀る神道の考え方を思い起こさせます。
ウォーキングの最後にある陶祖碑をじっくりとご覧ください。
窯元、ギャラリー、博物館、観光スポットの一部をご紹介します。
市之倉さかづき美術館
市之倉の歴史を紹介すべく、幕末~明治にかけて作られた薄く精緻な盃をはじめ、大正・昭和の盃、他産地の盃、戦後の記念盃や遊び盃など、人生の節々に登場し珍重され愛でられてきた「盃」約1500点を展示しています。美術館を中心に、ミュージアムショップ・ギャラリー・レストラン・陶芸体験施設・陶芸にまつわる様々な文化講座・イベントなど、町や陶芸を楽しんでいただけるプログラムを行っています。
(テキストはミュージアムサイトより)
仙太郎窯ギャラリー
陶磁器ギャラリー - 地図 開館時間:10:00~17:00 日曜・祝日休館
仙太郎窯サイトにはこのように書かれています。「祖父 仙太郎が、明治初年、美濃市之倉井上の地に築窯し、その後、喜七を経て創業百三十年の今日に至っております。お蔭で祖父伝来による作陶の環境に恵まれ、伝統の志野、織部、黄瀬戸などを手がけて、新しい開発を試み、土と炎の芸域に少しでも、近づけることが出来ればと、努力をいたしております。」
八幡神社の陶天井
八幡神社の手前の別棟の建物には珍しい陶天井があります。
陶祖碑
陶祖とは、その土地に初めて窯を築いた陶芸家の普遍的な呼び名である。しかし、その先駆者として最も有名なのは、加藤景光(1513〜1585)であろう。瀬戸内の内乱を逃れて、1574年に美濃の地に居を構えた。加藤は、当時日本で最も強力な武将であった織田信長(1534-1582)の愛弟子となった。