シデコブシ - 東濃地方の珍しい木蓮の花
僕は母の思い出でで、スウェーデンの自宅の庭で花を育てるのが大好きだったことをよく覚えています。1949年に父が友人や親戚に手伝ってもらって作ったその家は、深い森の中の小高い丘の上にありました。地面は石や岩や木の根っこが多く、建設当初ガーデニングには適したような環境ではなかったようです。そこで父は大きな岩を砕くためにダイナマイトで爆破しました。砕いた石の量は、敷地の周りに100メートル四方の壁を作るのに十分ありました。
その土は栄養があまりなかったので、母はバラや果物の木などを育てるのにいつも苦労していました。何とか上手く実がなっても、ムース(ヘラジカ)が来てリンゴを全部食べてしまいます。鹿は苺の花を食べてしまうので実がなりませんし、鳥はプラムやブラックカラントなんかを美味しそうについばんでしまっていました。夜になるとアナグマが花壇に植わっている球根を掘って食べてしまいます。そんな環境でしたが、一番大変なのは自然そのもので、スウェーデンは寒冷地であり、長く暗い冬は雪と氷に覆われるのです。つまり、私の生まれ育ったところは、花に向いていなかったのです。
僕は1989年に日本に来て、植物や花の種類の多さにびっくりしました。ここでは人々は花を愛で、花はその土地を愛しているのをよく感じます。母は心配性で、日本で嵐や洪水、地震などのニュースが流れるたびに、僕がその災害地からどんな遠くに住んでいても電話をかけてきました。スウェーデンのメディアは、日本人の法をよく守る精神や礼儀正しさ、清潔な街並みや健康的な食事習慣などをトピックにはしません。ですので母は日本のいい部分をあまり知らなかったので、母をここに連れてきて、このような光景、何よりも素敵な花々を見てもらったらとてもとても喜ぶでしょうと思い、母に提案しました。母はお隣のノルウェーに行ったことがあるだけで、海外旅行はしたことがなく、飛行機にも乗ったことがありませんでした。お店に行ってスーツケースを買い、準備をしかけたのですが、残念なことに母は旅行を諦めてしまい、日本の緑豊かな庭園や風景を見ることは叶いませんでした。
もし、日本に連れてくる事ができていたら、ぜひ見てもらいたかった花の一つが「シデコブシ」です。この記事を書いているうちに、すっかり春になってしまいました。梅や桃の開花は過ぎてしまいましたが、桜はこれからです。今ちょうど東濃地方の山の中で、野生のシデコブシの開花時期になっていることでしょう。
ということで、僕たちはシデコブシを撮影するために車に飛び乗って出かけました。最初の目的地は家から車で5分ほど行ったところで、シデコブシの満開にはまだ少し早かったのですが、いち早く先始めた花たちが出迎えてくれました。花はまだまばらでしたが、それだけで終わりませんよ。お話は続きます。
看板にはこんな風に書かれています:
多治見市天然記念物
虎渓山シデコブシ群生地
シデコブシは伊勢湾を囲む愛知県・岐阜県・三重県だけに自生する貴重な植物です。モクレン科モクレン属の落葉低木ないし小高木で、香気があり、三月下旬から四月上旬、葉が開く前に開花します。花は白色から濃紅色で、花弁は六弁から多いものでは四〇弁になるものもあります。花の下に小型の葉があり、花の色や花弁の枚数に変異が多いのが特徴です。湿地を好み、東濃地方では各地に自生していますが、これだけの規模の群生地は珍しく、貴重です。シデコブシは昭和五七年に多治見市の木に指定されています。
平成二十五年 十二月
多治見市教育委員会
多治見市天然記念物
虎渓山シデコブシ群生地
シデコブシは伊勢湾を囲む愛知県・岐阜県・三重県だけに自生する貴重な植物です。モクレン科モクレン属の落葉低木ないし小高木で、香気があり、三月下旬から四月上旬、葉が開く前に開花します。花は白色から濃紅色で、花弁は六弁から多いものでは四〇弁になるものもあります。花の下に小型の葉があり、花の色や花弁の枚数に変異が多いのが特徴です。湿地を好み、東濃地方では各地に自生していますが、これだけの規模の群生地は珍しく、貴重です。シデコブシは昭和五七年に多治見市の木に指定されています。
平成二十五年 十二月
多治見市教育委員会
シデコブシは山間部の水がしみ出している湿地に自生しています。雪のような白やピンクの色をした大きな花で、早春、葉っぱが出てくる前に咲きます。ここ東濃地方で広く分布している他は、ごく限られた地域にぽつぽつと分布しています。
この木の名前である「シデコブシ」は漢字で書くと「四手拳」となります。つまり「4つの拳」という意味ですね。果実が集まって拳のような形をしていることから名付けられたという説、果実の形が拳に似ていることから名付けられたという説、また花の形からきているとなど様々な説があります。
シデコブシは日本原産の樹木です。ハクモクレンと比べると小ぶりな木で、花はほのかに甘く素晴らしい香りがします。多治見市のある岐阜県では1995年12月に「大気環境推奨木」のひとつに選定され、栽培品が環境浄化や鑑賞用として利用されています。
僕たちが多治見市中心部から程近い虎渓山永保寺の近くの群生地を訪れた日は、ちょうど花が咲き始めたところでした。道路側からもシデコブシの木が見られますが、さらに奥に進むとたくさん自生しています。
ではどうして市の天然記念物に指定されているのでしょう?シデコブシは環境省によりレッドリストの準絶滅危惧の指定を受けているからです。日本原産の植物で、英語で言うとスターマグノリアというカテゴリーに属しています。日本では昔から花が咲く鉢植えとして観賞用に栽培されてきました。「Magnolia tomentosa Thunb.」という名前でも記録されていますが、これはスウェーデン人の僕としては少し誇らしく思います。カール・フォン・リンネの弟子のスウェーデンの博物学者であるカール・ピーター・トゥンベリが1794年に発表した植物誌「日本植物誌(Observations on the Flora Japonica)」にこの植物が記録されています。当時、日本列島への立ち入りは厳しく禁止されていましたが、トゥンベリは1776年にオランダ大使に同行して徳川将軍に謁見する機会を得ました。その道中で、彼は多くの動植物の標本を集め、各地の地元の人々と話しをしました。18世紀に長崎から江戸に向かう途中彼はシデコブシの群生地を通過し、Magnolia tomentosa Thunb.を発見し、記録に残した可能性が高いと考えられます。
虎渓山の群生地を後にし、僕たちは丘の上に位置する桜が咲き始めかけた虎渓公園を通り過ぎました。ここから歩いて森の中の坂を下っていくと、素晴らしい庭園のある虎渓山永保寺にたどり着きます。この春の時期も素敵ですが、秋の紅葉も見事なものです。早起きして朝の座禅に挑戦してみるのもいいかもしれません。
僕たちは続いてセラミックパークMINOに向かいました。ここには美術館のほか、森の中を歩いて頂上の展望台に登ったりできる、気持ちのいい散策路があります。建物へのアプローチに長い橋がありますが、そこから森の方を覗くと「シデコブシ」の群生地が見られます。ここもまた、ゆったりとした時間を過ごすのに快適な場所です。陶磁器だけではなく他の美術品の展示も催される美術館の見学と、新鮮な空気の森の中の散策を組み合わせてはいかがでしょう。また、ランチを食べられるレストランや、本格的な茶室などもあります。茶道はリラックスした時間を過ごすだけでなく、ここ多治見にゆかりのある、有名な陶芸家の作った陶器の茶碗を間近に見る機会でもあります(茶室、茶碗の貸し出しは要予約。茶室の利用料金はセラミックパークWEBサイトにて。)
セラミックパークの後は、この日の最終目的地の笠原町の「かさはら潮見の森」へと移動しました。ここはきれいに整備された見晴らしのいいウォーキングエリアで、天気がいいと遠くに海を臨むことができます。笠原町の山の上に位置するこの公園は、ピクニックにも適した広々とした場所です。森の中の遊歩道、展望台、薬草園などがあります。展望台からは中央アルプス、御嶽山、白山そして遠くは伊勢湾まで見渡せます。ウグイスやカエルの鳴き声が聞こえ、とてもリフレッシュできる場所です。
車を降り、草木の手入れをしている2人の年配の庭師さんの前を通りました。しばらく歩くと僕たちの目的の「シデコブシ」の木がある場所に到着しました。しかしながらまだ花は咲いておらず、ちょっとがっかりしてしまいました。どうしようかと思っていると、先ほどの庭師の方が近づいてきて、「まだちょっと早いねぇ。ここは山の上で寒いで、花が咲くのはもうちょっと先やろうねぇ。」と声をかけてくれました。僕はこんな風に誰かと世間話をするのが好きなのです。京都の有名な庭園では、人気のスポットを一目見ようとたくさんの観光客が訪れ、お互いの足を踏んでしまうほど込み合っていたのを覚えています。そんな中、有名なアングルで写真を撮るためにも並ばなければいけませんでしたが、その列を整頓する係の方がいました。ですが、その人とはこんな風にお話をできるような状況ではありませんでした。
少し日も暮れてきた帰り道、咲き始めたシデコブシを発見し、カメラを取り出しました。これだけの木の数があるのだから、この地域の貴重な木の景色を楽しめるスポットになり得るでしょう。
僕はやっぱりあの時母が勇気を出して日本行きの飛行機に乗ってくれていたらなぁと思います。母は日本の自然の美しさだけでなく、ヨーロッパのものとはまったく異なる、日本のガーデニングも楽しむ事ができたでしょう。もし、あなたが日本に興味を持っているなら、ぜひ日本を旅してください。その旅の候補地として多治見はオススメですよ。多治見は花だけでなく、フレンドリーな人々や食べたら笑顔になってしまうような美味しい食べ物もありますよ。
ですが、最後にもう一度花の話に戻りましょう。最初に訪れた群生地にはまだ咲き始めで少々がっかりしたので、もう一度行ってみると、ボランティアの方々が愛情込めて作ったち小さなシデコブシ公園があることが分かりました。グーグルマップで見てください。永保寺の駐車場から少し歩くと公園に到着します。森の中には野生の群生林がありますが、公園にはボランティアの皆さんによってシデコブシが植えられています。今回は満開でとてもいい景色を見ることができました。
周りには素敵なカフェもいくつかあり、永保寺案内所では地元の美味しいおやつ「五平餅」が食べられます。多治見駅からも歩けますが、駅の北口より出ている小名田線のバスに乗り10分ほどの3つ目の停留所「虎渓山」で降りるといいですよ。
こちらの地図では、五平餅が美味しい「永保寺案内所」をマークしています。案内所は、大通りのバス停から下ってくると左手にあります。さらに数メートル歩いて 線路を渡らず、右手に入る道があります。その道を少し歩いて奥まで行くと、「しでこぶし公園」があります。
江戸を旅した18世紀の探検家トゥンベリが「旅の途中、我々はどこでも国の王子たちに対するのと同じようくらいの最高の礼儀と敬意を持って、迎えられた。」と書いている理由が分かります。日本人の持つ親しみやすさと好奇心は、その時代から変わらず、地方ではまだ生きていると感じています。そしてここでは何よりも素晴らしいことに、お花見を楽しむために満開の木の下を奪い合う必要もありませんよ!